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『パパの木』ジュリー・ベルトゥチェリ監督インタビュー

『パパの木』ジュリー・ベルトゥチェリ監督インタビュー
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The_Tree_Interview01フランス人のジュリー・ベルトゥチェリ監督は、1991年公開『木漏れ日』ジャン=ルイ・ベルトゥチェリ監督を父に持つ、ドキュメント畑出身の女性監督です。
2001年に『やさしい嘘』で商業映画の監督としてデビューします。

『やさしい嘘』はドキュメントタッチで、3世代に渡る母娘の関係、それぞれの生き方・考え方を巧みに描いた秀作です。
フランス人である監督は、グルジアから見ると憧れの地に見える祖国フランスをドラマの機能にうまく組み込んで使います。
特に、物語後半、未来に希望を持つ孫娘のフランスでのエピソードは、キューティー映画のコンセプト「一歩踏み出す勇気」を描いています。

2作目となる『パパの木』はオーストラリアを舞台に、最愛の夫であり父を亡くしたフランス人の母娘の関係を中心に、女性、家族、というものが喪を経過してどう変化していくか、どうあるべきかを静かに力強く描いていきます。前作とは異なり大掛かりな仕掛けもある映画です。
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ジュリー・ベルトゥチェリ監督はフランス人なのに、映画の舞台をフランスにしません。『やさしい嘘』がグルジアが舞台、2作目がオーストラリア。この辺から聞いていく事にしました。

1作目はグルジア、2作目はオーストラリアが舞台です。監督は母国のフランスを舞台にせず、外からフランス人を描かれますが、それはなぜでしょう?

おっしゃるとおり、これまではフランス以外を舞台に撮ってきました。
自分が取りたいと思っている作品は、普遍的なテーマがまずありきなんです。そういうテーマを描く時、どうしても自分のパーソナルな部分が出ます。
それを自国で撮ると、自分というものが過剰に出すぎてしまうんじゃないかなと思っています。だから自分との距離感を取るためにも、私にとっては外国での撮影が重要になってきます。
あと、外国で撮ることで、その国の独自の文化や習慣などを発見する面白さがありますね。

ドキュメンタリーを撮ってきたので、外国にいって、色々なものを撮るというのは当然のことだと思っていますし、これからもたぶん外国で撮り続けていくでしょう。

全ての大陸で映画を撮ってみたいな、と思っています(笑)

『パパの木』は原作が元々娘の視線で描かれているのに、映画では母と娘の物語で主人公は母親です。そういう物語の場合、母親の目線でお話が進むのが普通ですが、『パパの木』では途中で娘の目線に行き、また母親の目線に行って…と互いの目線で物語が描かれていきます。『やさしい嘘』もやはり母、娘、孫娘、それぞれの目線に話がいきます。
監督にとって母娘の関係を映画で描くのはどういう意味がありますか?

言われてみると確かに目線が母親に行って、娘に行って…となっていますね。『パパの木』でいうと、母親の目線が、より一層ウェイトを占めていると思います。
『やさしい嘘も』『パパの木』も確かにおっしゃるとおり母と娘のお話です。けど、自分としては、それぞれの作品で全く違う物を描いていると思っています。

母娘の話になるのは、自分自身が娘の母親でもあるし、親子の関係性を作品で描く時、身近なところから拾い上げて、それを作品の中で描いていくからです。それがリアルな作品作りで重要だと思うからです。

「身近な」「自然に」というのは、ジュリー・ベルトゥチェリ監督の作品で共通して際立っているテーマです。演出も、演技のコンセプトもそこを凄く大事に丁寧に描いています。

例えば、『やさしい嘘』ではオープニングで、カフェのテーブルを囲む老いた母、中年の娘、若者の孫が映し出されます。台詞はありません。
途中で机にかけていた娘の傘が滑って床に落ちます。それを拾い、机にかけ直す母。描写が実に自然で、オープニングからいきなり心を掴まれました。個人的に大好きなシーンです。
あれは撮影中のアクシデントだったのか、演出的意図だったのかが凄く気になっていたので、聞いてみました。

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「やさしい嘘」のオープニング?あのシーンは本編を全て撮った後で、最後に撮ったものでした。
あの時、傘が落ちたのが偶然だったか意図的だったかは…覚えていませんね…

うぅ、残念。「あれは演出です」という回答なら「凄い!なんて自然なんだ!」と書けるし、「あれは偶然でした」という回答なら「さすがはドキュメンタリー出身!」と書けると思っていたのに…(笑)

『パパの木』にも後半、母親であるシャルロット・ゲンズブールが、大学進学で家を出る息子の本を持とうとして思わず落としてしまう、という、とてもナチュラルな描写がありました。あそこはどうでしょう?

本を落とすシーンは演出です。最初から脚本に書かれていました。
あれは母親がわざと本を落として、ちょっとでも出て行く息子と関わっている時間を伸ばしたいという現れを表現しています。

偶然に見えるようなシーンは、カメラで撮影されたのを感じさせないよう、アングルや動きを考えないといけないし、芝居もナチュラルに見せないといけないし…そのシーンを作るために入念な準備をしなくてはいけないから、実は凄く大変なんですよ。

そういえば…言われてみて思いついたのですが、『パパの木』では、何かが落ちる時に、物語や登場人物が劇中、新しく展開するきっかけになっていますね(笑)

『パパの木』のナチュラルさには多くの苦労や工夫が詰まっている、というのに注目して、ぜひ映画を観てみてください。

母親役のシャルロット・ゲンズブール、7歳の娘役モルダナ・デイヴィスはそれぞれどうでしたか?

シャルロットは多面的な芝居が出来る人なので、どこか少女性を併せ持つ母親像を上手く演じてくれました。
モルガナは演技経験がなかったので、何度も何度も芝居をすることもありました。

しかし重要なのは演技の上手い下手ではなく、彼女たち自身のパーソナリティな部分を使って劇中のキャラクターと同化させ、リアリティを生み出すことです。重要なのは彼女たちを見つけてキャスティングすることでした。

脚本を練り、セリフを自然なものにするよう心がけ、キャスティングを重視。その上でナチュラルさが出るようカメラや演出で出来るだけのことをするというジュリー・ベルトゥチェリ監督作品。実に丁寧で高度な作品作りだと思います。

インタビューが終わり雑談で、フランスで2008年大ヒットした、現代の母娘の関係を描いたキューティー映画『LOL』(母親役:ソフィー・マルソー、娘役:クリスタ・テレ)について聞いてみました。

The_Tree_Interview03『LOL』はアメリカで、母親:デミー・ムーア、娘:マイリー・サイラスという配役でリメイクされています。リメイク版もオリジナルを撮ったフランス人女性監督リサ・アズーロスが撮っています。それを話すとジュリー・ベルトゥチェリ監督は
彼女は自分の作品を、アメリカでもう一度撮ったの?
信じられない、という表情をしていたのが面白かったです(笑)

この写真、監督はわざと目をつぶっています。多弁ながらもユーモアも忘れないジュリー・ベルトゥチェリ監督。ぜひいつかコメディタッチのキューティー映画を撮ってみてほしいと思う監督さんです。

ある日突然、大切な人を失ったら――
パパの魂が宿る大木と対話する娘と、喪失感に人生を見失う母親が紡ぐ希望と再生の物語

パパの木

The_Tree
初監督作『やさしい嘘』でカンヌの批評家週間賞を受賞したジュリー・ベルトゥチェリが、息をのむほど美しく力強い映像で、ジュディ・パスコーの小説を映画化。カンヌ国際映画祭のクロージング作品として上映され、大喝采を受けた本作。

突然目の前で父親を亡くした家族。庭にある大きなイチジクの木に父親の存在を感じ、木に登り、話しかけるようになる8歳の娘。
最愛の夫をなくし人生の目的を失う母親。
そして、それぞれに違った思いを抱える息子たち。
一本の大きな木を通して、彼らの心の奮闘が、時にユーモラスに、時に幻想的に、時に激しく描かれる。

スタッフ&キャスト

監督:ジュリー・ベルトゥチェリ
『やさしい嘘』原作:ジュディ・パスコー「パパの木」
撮影:ナイジェル・ブラック
音楽:グレゴリー・ヘッツェル
出演:シャルロット・ゲンズブール、マートン・ソーカス、モルガナ・デイヴィス、エイデン・ヤング

【原題『The Tree』/2010年/仏・豪/英語/100分】
配給・宣伝:エスパース・サロウ/後援:オーストラリア大使館/協力:ユニフランス・フィルムズ
6月1日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
公式サイト:www.papanoki.com