『ウォーム・ボディーズ』ジョナサン・レヴィン監督インタビュー

監督の作品はどれも音楽が重要で、その使い方が素晴らしいのですが、選曲もご自身でやっているのですか?
ミュージック・スーパーバイザーや編集など映画に関わる色んな人からアイディアやオススメの曲を教えてもらって、それを取り入れたりもしますが、基本的にはほとんど自分で選んでいます。
おっしゃるとおり音楽はすごく重要だと思ってるから、何時間もかけて自分の持っているライブラリーから探したりします。 音楽を重視するのは、人が恋に落ちる時に音楽の存在ってすごく重要だから。
『ウォーム・ボディーズ』ではガンズ・アンド・ローゼスの「ペイシェンス」 ((ガンズ・アンド・ローゼズが1988年に発表したミニアルバム「GN’Rライズ」に収録。同アルバムからシングルカットされビルボード4位を記録。アコースティックで切ない歌詞でガンズ・アンド・ローゼズの代表曲の一つ))を、ここぞ!というシーンで使っていました。あそこには「このシーンにはこの音楽」という演出的な狙いはあったのでしょうか?
脚本も担当しているんですが、脚本の段階からあのシーンでは音楽を「ペイシェンス」と指定していました。
今回、音楽面でに面白かったのは、主人公のゾンビ”R”がコミュニケーションを取るために音楽を使うところなんです。
映画で使う音楽って、その時の感情やフィーリング、ムードを演出するための大切な要素なんですが、今回の場合はそれに加えて”R”の言葉や想いに代わる要素として『歌詞』がとても重要でした。
そう考えるとあのシーンでは、Rが自己表現のために選んだ曲として、そして自分が子供の頃聞いて、ほろ苦い思い出と共に記憶していた「ペイシェンス」はとても重要でした。 楽曲使用料がかかる ((使用料について聞いたところ「細かくは覚えていないけど…。15万ドル(1500万円)くらいだったかな?」とのことです。))と思ったけど、この曲だけはどうしても!ということで使ったんです。
ニコラス・ホルト演じるゾンビ”R”は人間の女性のロマンス相手となるゾンビですが、ニコラスとどういう話し合いで”R”を作っていったのですか?
ニコラスは、ゾンビを演じることで、自分のイメージを損なうかもしれないというリスクを全然気にしない、とても勇敢な役者です。そんな彼と「”R”はどんな風に歩くのか?」「どういう風に話すのか?」というところから一緒に話し合ってキャラクターを作っていきました。
けど彼は撮影前から”R”のことをよく理解してくれていたので、僕は現場で彼がやりやすいような環境を作るだけで、あとは時々「あ、ちょっとゾンビ抑えて」「もうちょっとゾンビっぽく」と指示するくらい。 彼はとても素晴らしい役者です。ぜひ今後も彼には僕の映画に出てほしいと思っています。
この映画の中でニコラスは、最初ステレオタイプのゾンビだったのが、ヒロインと交流することで徐々に人間ぽくなっていくという芝居を”R”でしていますよね?その辺の演出のコントロールはどうしたのですか?
映画冒頭では脳みそを食べるとか、のろのろ動くとか、ゾンビっぽいところを見せておいて、そこから進化してだんだん人間のようになっていくのを見せていきました。 映画の撮影は順撮り ((ストーリー順に撮影すること。普通は役者のスケジュールやロケ地の都合などで映画の流れの順通りに撮影しません。))じゃなかったから、例えば、今撮影しているシーンのゾンビがどれくらいの段階になっているのかというのを、台本を色別にしたりして役者やスタッフに分かるようにとか、工夫はしましたよ。
けど、ニコラスはその辺の勘が良くて、今自分が演じているシーンで”R”がどの段階になっているかをしっかり把握してくれていたので、すごく楽に出来ましたね。
僕自身『50/50 フィフティ・フィフティ』で、癌によって見た目も心情も変化していくキャラクターが、映画の中で今どの段階になっているかというのを把握しながらシーンを演出していった経験があったので、その辺も上手く作用したと思います。
監督の作品ではヒロインを演じる女優がみんなとても魅力的です。 ((『マンディ・レイン』ではアンバー・ハード、『The Wackness』ではオリビア・サルビー、『50/50 フィフティ・フィフティ』ではアナ・ケンドリック、どの女優も映画の中で素晴らしく魅力的なヒロインを演じています。))、今回ヒロイン役を演じるテリーサ・パーマの場合、彼女のどういう部分を引き出そうと考えたのですか?
テリーサの演じた”ジュリー”は見た目はクールビューティー、行動はショットガンをぶっ放すタフなタイプ。なのにゾンビである”R”の中に人間性や可能性を感じる感受性をもっていて、心の広い博愛な精神の持ち主。そんなジュリーは、映画を見ている観客に共感してもらわないといけないキャラクターでした。
でもそれって、もともと彼女自身が持ってるキャラクターなんです。実際の彼女はとてもタフで、銃を扱ったりゾンビと戦ったり、ゾンビになるシーンをとても楽しんで演じていました(笑)そういう彼女の柔軟性が、ジュリーというキャラクターをよりリアルに親しみあるものにしてくれたと思っています。
僕は監督として、演じてもらうキャラクターの中に、役者自身の人間性や個性を組み込みたいと考えているんです。そうすることで、キャラクターはイキイキして素晴らしくリアルになります。そういう意味では彼女はとても素晴らしかったです。

ジョナサン・レヴィン
1976年生まれ。ニューヨーク出身。ブラウン大学を卒業後ポール・シュレイダーのアシスタントを務める。 2006年『マンディ・レイン 血まみれ金髪女子高生』で長編監督デビュー。2008年、監督・脚本を手がけたNYに住むドラックディーラーの高校生の一夏の経験を描いた『The Wackness』でサンダンス映画祭観客賞を受賞。2011年には脚本のウィル・ライザー自身の癌体験に基づいたジョゼフ・ゴードン=レヴィット主演『50/50 フィフティ・フィフティ』を監督。2013年2月、監督・脚本を手がけた本作『ウォーム・ボディーズ』が公開。全米興行収入1位を記録。 青春映画を扱う若手として今後も期待されている監督である。
監督の過去の作品を全て見させてもらいました。どの作品も「ジャンル映画」に異なるテイストを組み込んでいますね。『マンディー・レイン』ではゴス映画で青春映画を、『50/50 フィフティ・フィフティ』では難病映画で青春友情映画を、そして『ウォーム・ボディーズ』ではゾンビ映画でキューティー映画を。そういうスタイルになるのはなぜですか?
「このジャンルを変えてやろう!」というのはないんだけど、ジャンル映画をそのままアプローチするというのも面白くないから、何か違うジャンルの映画のテイストを加えてみようと思いますね。
例えばゾンビ映画なら、素晴らしいゾンビ映画はこれまで数多くあるからこそ、何か別のジャンルと組み合わせた時、他に比べると個性的で面白いものが出来るんじゃないかな?とか。
『ウォーム・ボディーズ』ではキューティー映画を加えることで、ゾンビ映画という定番ジャンルに何か新しいものが生まれるんじゃないかと考えました。 これからも、みんなが親近感を持っている定番なジャンル映画に、何か別のことを足すことでユニークなものを作りたいと思っていますね。
監督の作品はどの映画もすごく青春の匂いがしますね。監督ご自身、どういう青春時代を過ごしたのですか?
(ちょっと恥ずかしそうに)かなりオタッキーだったんですよ。女の子に出会う機会もなく、マンガやホラー映画にはまってました。けど成長していいくうちに女の子との出会いがあったり、色々と新しい経験をしたりして、徐々に大人になっていきました。
そういう自分自身も経験した、「大人への階段」というか、「成長」というのものにとても興味があるんです。だから僕の作品を見て、そう感じられるのはわかりますね。
例えば『50/50 フィフティ・フィフティ』。あれはある意味「大人になる過程」の映画だと思っています。そしてこの『ウォーム・ボディーズ』にも間違いなく、そういう要素はあると思います。
ゾンビ映画というジャンルにはコアなゾンビファンが多くいます。そういうファンの反応は気になりましたか?
確かにゾンビファンの反応は気になりました。
多くのゾンビファンは、この作品に対して懐疑的なんだろうなと。なんせゾンビが恋愛対象の映画だし、コアなファンからしたら「ありえないだろう!」と言われかねない内容ですからね(笑)
けど、自分もたくさんゾンビ映画を見ているし、大好きなジャンルだから、その愛情は多分映画に反映されるだろうと思いながら作りました。 そして映画を観てくれたコアなゾンビ映画ファンたちに「この監督はゾンビ映画の事をよく知ってて、ちゃんとリスペクトしてるんだな」と感じてもらえるとうれしいですね。
ゾンビ映画やヴァンパイヤ映画みたいな定番ジャンルの映画って、まだまだいくらでも進化できると思っているんです。そして進化するためには今回の作品のような遊びも必要で、ちゃんとそのジャンルをリスペクトしていると感じられるものになっていれば、コアなファンもその遊びを進化として認めてくれるんじゃないかと思っています。
この映画のラストは、SFやゾンビ映画などによくあるパターン…「ワクチンで全滅させた」とか「やっつける方法を見出した」とか、理屈で物語を終結する方法を取らず、愛の力という感情的なもので物語をまとめていきます。 理屈を優先せず、感情や感性を優先したのはどういう意図だったのでしょうか?
原作を読んだ時一番心に響いたのが、メタファーとして使われているロミオとジュリエットのような愛の力による物語の展開だったんです。 人が相手を認める気持ちや、人間が人間たらしめるものは何なのか?という問いかけが実によく表現されていて素晴らしいと思いました。 それこそがこの原作の映像化をやりたいと思う、僕の一番の動機だったんです。
