
音が重要なオープニング
まずはヒロイン、ポーラの登校までの日常風景を描く、映画のオープニングシーンが秀悦です。
怒りっぽい父、元モデルの美しい母、マセた弟…それぞれがテーブルを囲い朝食を取るいつもの朝の風景。
扉の開け閉めする音、フライパンから料理をお皿に移す音、食器を置く音、それら生活音の全てがガサツでガチャガチャと大きな音を立てています。しかしみんな平然としています。ガサツな音さえなければ、一般的な家族の朝の風景です。
ポーラが家を出るとき、みんな手話をしています。ここでこの一家が、ポーラ以外みんなは耳が聞こないことがわかります。
この一家には音が不要なのです。映画ではわざと生活音の音量を大きく演出して、この家族を表現していたわけです。
彼女は家を出てお気に入りのオレンジのヘッドホンをつけ、自転車を漕ぎバスに乗り、長い道のりを経て学校に通っています。
彼女の聴いている今風のポップスはそのまま映画のBGMとなり、キューティー映画らしい爽やかなオープニングを演出をします。
ヒロインを取り囲む家族、キャラクターたち
家族は農場を経営していて、町の市場でチーズなどを販売しています。
お母さんは愛想係、弟はレジ係。ポーラは話せるということで唯一の接客係です。でも別にポーラはとりたてていい子というわけではありません。彼女にとって、市場で接客係をし、酪農を手伝い、登校しながら農協に連絡して、産婦人科で親の性生活の相談のため通訳するのはごくごく普通のことなのです。
さて、お話の方は、お父さんが工場誘致を推進している現市長に対抗して聾唖者ながら町長選挙に立候補します。お母さんはそんなお父さんに今でもアツアツ。感情豊かで直情型な彼女の行動は数々の笑いを誘います。思春期真っ盛りのエロガキな弟もコメディ・リリーフとして良いキャラクターです。
ポーラは憧れの男子生徒ガブリエルを追っかけて合唱部に入ります。ガブリエルはパリの音楽学校を目指していました。
合唱部の顧問であるトマソン先生はパリで活躍してた過去が忘れられず早く戻りたいと思いながら生徒を指導しています。
そしてポーラの歌声を聞いたトマソン先生は彼女の隠れた才能を引き出そうとします。そこからポーラは歌を選ぶか家族を選ぶかの選択を迫られることになります。
そういうポーラの日常を淡々と描きつつ物語は進んでいきます。周りのキャラクターたちに変にドラマチックな性格を与えず、日常性を重視したこの映画のスタイルは、とても良い作用をもたらしています。
初主演のルアンヌ・エメラや俳優たちについて
ヒロイン、ポーラを演じるのは1996年生まれ、この映画の出演時17歳のルアンヌ・エメラ。
彼女はオーディション番組フランス版「ボイス」に出場し話題になりました。
彼女が「ボイス」でカーリー・レイ・ジェプセンの「コール・ミー・メイビー」を歌った時の映像です。
本作が初出演ですがセザール賞、リュミエール賞をダブル受賞しています。
彼女のちょっと猫背で冷めた感じが、ぶっきらぼうながら家族思いという現代っ子的なキューティー映画のヒロイン像を醸し出していてとても良かったです。
お父さん役のフランソワ・ダミアン、お母さん役のカリン・ヴィアール。共に健常者ながら、見事に手話を操って感情豊かで楽しく優しい素晴らしいキャラクターを作り上げていました。お見事としかいいようがありません。
この映画の登場人物で、実際に聴覚障がいを持っているのは弟役のルカ・ゲルバーグと、お父さんの友人役ブルーノ・ゴミアの2人だけです。
全編に流れるミシェル・サルドゥの曲
劇中で歌われるのは、いずれもフランスの代表的なシャンソン歌手、ミシェル・サルドゥが歌った70年代のヒット曲の数々です。
同時期、沢田研二が彼の曲をいくつもカヴァーしていたので、彼の曲は日本でもなじみ深いものとなっています。
大ヒット曲の1973年発表「La Maladie d’amour(恋のやまい)」、1977年発表「La Java de Broadway (chanson)」は、共に合唱部の発表曲として歌われます。
1978年発表の「En chantant」はパリの音楽学校を目指して練習するポーラと日常を点描していくところで使われます。
1976年発表の「Je vais t’aimer(愛の叫び)」は、ポーラとガブリエルが発表会でデュエットする曲です。
オリジナルはこちら
発表会でこの曲を歌うポーラの歌声を聞こえなかったことが、クライマックスに向けてお父さんにある決意をさせるきっかけを作ります。そういう意味でこの映画を引っ張っていく重要な曲です。
必見!ド直球で感動させる脅威のクライマックス
いきなり話は映画のクライマックスに飛びます。
色々あって音楽学校の試験を受けることになったポーラが歌うのは、1978年にミシェル・サルドゥーが自身で作詞・作曲した「Je Vole(青春の翼)」。
この歌は、両親と住む実家を、夜中そっと出て行く息子の心情を歌ったもの。旅立ちの歌です。
それを歌うポーラ役のルアンヌ・エメラの力強い歌声がとにかく素晴らしいのです。
彼女の歌声はちょっとハスキーで、聞き様によっては少年が歌っているようにも聞こえます。それが「僕」と男性視点で書かれているこの歌詞にとてもマッチしていました。
この選曲については、劇中で歌を聞いた審査員が「いい選曲だ」と評しますが、観客である我々も審査員に同意すること間違いなしです。
正直言って、この歌のシーンで仕掛けられる”ある”演出は、この映画の設定から容易に想像が付くと思います。
斜めに構えて映画を観る自分のような心の汚れた者(笑)は「ラストは●●(ネタバレなので一応参照に書きます) ((【ネタバレ】ポーラは客席で見ている家族のために手話をしながら歌います。))で歌うのね。」とクライマックスの演出を予想し、感動シーンに身構えます。
自分にとって感動する映画は、こうした「なんちゃって評論家ぶった素人」の予想を超えた演出を見せてくれるものです。「そう来たか!」という意外性で感動し涙します。そのうれしい驚きこそが感動です。
さらに観客の感動を呼び起こすには、カメラワークや編集、音響など演出・技術的な面でのクォリティもとても重要です。
なので、感動シーンというのは初見が効果的であって、2回目以降の鑑賞だと驚きと感動が薄れていきます。
この映画でも、いつものようにラストを予想しつつ観ていました。クライマックスとしてヒロイン、ポーラが「Je Vole」を歌うシーンが来ます。そして映画はこちらの予想した通りの仕掛けで、観客を感動させにきます。
が、しかし!
が、 し か し !!
予想通りだったのにも関わらず、歌が進むにつれ感動が大きな波のように押し寄せてきます。
理屈なんぞ軽々と突破し、ポーラの、それを演じるルアワヌ・エメラの、力強い歌声が直球で心に響き渡ります。
意外性も演出も技術ももはや関係ありません。
彼女の歌だけで感動シーンが成立しています。予想を超えた「歌の力」がこの映画にあったのです。
これには参りました。
自分は試写で2回観ました。にも関わらず同じシーンで涙しました。むしろ2回めの方が自然に歌に集中できて感動が大きかったかもしれません。たぶん3回目を観ても涙すると思います。それほどこのクライマックスの歌のシーンは力強いものでした。
フランスで大ヒットしたキューティー映画
映画全体はブラックジョークもふんだんにあってはコミカル。キャラクターはみんな個性的ながら優しい愛すべき家族の物語の骨格を持ち、その中核は「ヒロインが一歩踏み出す勇気を持つ」というキューティー映画的なテーマ。
しかもクライマックスには、近年まれにみる、ひねりなしのど直球な感動シーンを繰り出します。
フランス本国で大ヒットして、のべ700万人を動員し、評論でも高評価だったのも納得です。
想像たやすいクライマックスで、わかっているのに簡単に泣かされてしまう、色々言いたいシーンも劇中あったかもしれないけど、それも全部忘れてしまうルアワヌ・エメラのクライマックスの歌は「必見」です。