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2時間20分を1カットで見せる『ヴィクトリア』

2時間20分を1カットで見せる『ヴィクトリア』
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目も眩むようなクラブの照明の中、家出少女のヴィクトリアがひとり激しく踊っている。やがてフロアを離れ、バーで一杯飲み、外に出る。4名の青年に声をかけられ警戒するが、どうやら悪人ではないらしい。深夜スーパーで酒を盗み、青年たちの家の屋上で酒盛りを始める。身の上話などをしながら、場所を変えて楽しい時間が流れていく。しかし、青年のひとりが大物ヤクザの絡む金銭トラブルに巻き込まれていることが分かり、事態は急変してゆく…。冒頭のクラブから始まる140分の悪夢のような物語を、全編ワンカットで描く驚異的な作品。カメラは建物の内外を自在に行き来し、青年たちの絶望的な行動を途切れなく捉えていく。スケールの大きなワンカット撮影を実現させたゼバスティアン・シッパー監督は俳優出身で、本作が4作目の監督作品である。ベルリン映画祭で撮影監督が最優秀芸術貢献賞を受賞したのをはじめ、ドイツ国内の映画賞を総なめにしている。


原題:Victoria
監督/脚本/プロデューサー:ゼバスティアン・シッパー
脚本:オリヴィア・ネール・ガード=ホルム、アイケ・フレデリーケ・シュルツ
撮影監督:シュトゥールラ・ブラント・グレーヴレン
音楽:ニルス・フラーム
出演:ライア・コスタ(ヴィクトリア)フレデリク・ラウ(ゾンネ)フランツ・ロゴフスキ(ボクサー)ブラック・イーイット(ブリンカー)マックス・マウフ(フース)

2時間20分、オール1カット、脚本はわずか12ページ足らず。撮影途中で一般人から声をかけられ、撮影をストップできないので役者がアドリブでその一般人すらも出演者に取り込んだドイツ映画です。

途中道行く酔っぱらいが絡んでくるところがあるんですが、ここがたぶん一般人が入ってきてしまったシーンだと思われます。
それを男たち4人の中で”ボクサー”と呼ばれている刑務所帰りの男が威嚇して追い払います。ボクサー役のフランツ・ロゴフスキが役になりきって、彼が真っ先に一般人に喧嘩をふっかけ追い払っているのが偉い。役者魂を見ました。

ヴィクトリアはベルリンの小さなクラブで1人で踊っていました。疲れて帰ろうとした時、4人の男性グループにナンパされます。男性グループは幼馴染でその中の1人が誕生日らしくみんなで集まって祝っていたとのこと。
ヴィクトリアはスペイン出身でドイツ語がわかりません。そんな彼女は4人の男たちの中で英語が話せるゾンネを通じて、何となくこの4人と夜のベルリンを共にすることになります。
4人と街を徘徊していくうちに夜が更けたこともあり、ヴィクトリアは自宅に戻らず、バイト先のカフェの開店準備のため、直接お店で朝まで過ごそうとします。店まで送るゾンネに彼女自分の意外な過去を話し始めます。

オール1カットという技法ばかりに目が行きがちですが、人物造形もかなり練られていて、特にヒロインのヴィクトリアの設定がよく出来ています。
ヴィクトリアはカフェでバイトをして暮らしていますが、会話からカフェでのバイト代も相当安い様子。彼女はスペイン出身でベルリンにきてまだ3ヶ月。言葉もほとんど分からず、友達もいません。

こうした人物設定が会話の中でわかってくるにつれ、なぜヴィクトリアが夜の街で声をかけてきた見ず知らずの男たちにいとも簡単に付いて行ったのか、なぜヴィクトリアは何となく彼らと行動を共にしていたのか、その理由を観客は納得することになります。

そしてスペイン人の彼女が、なぜ言葉も不自由で知り合いもいないベルリンに来たのか。その謎はバイト先のカフェでのゾンネとの会話とヴィクトリアの特技の披露でわかります。

ヴィクトリアが特技を披露するシーンでは映画的仕掛けが施されていて、劇映画としての驚きと面白さがありました。個人的にはこの映画のクライマックスはヴィクトリアの正体が分かるこのシーンでした。

そんなカフェで過ごすヴィクトリアとゾンネのところに友人のボクサーが焦ってやってきます。ある人物のところへボクサー含めて4人を連れて行かないといけないのに、1人は泥酔して使いものになりません。
それを聞いたヴィクトリアが協力を申し出ます。ゾンネはヴィクトリアに感謝しつつ「何も心配はいらない。人数合わせでいるだけでいいから、朝のカフェの開店までには戻れるから。」と言って彼女を安心させます。

ここでヴィクトリアがドイツ語に不自由という設定が観客である海外の我々にも効いてきます。これは制作者は意図していないと思いますが(笑)
何かに焦り慌てている男たちはドイツ語で話しているので言葉が分からず目的がイマイチ不明です。そのヴィクトリアの不安は観客我々の不安にも繋がります。そうしてこの映画は徐々に緊張感あるサスペンスへと展開していきます。

結局、ヴィクトリアを含む4人はボクサーが服役中世話になった人間と会い、有無をいわさず銀行強盗をさせられる羽目になります。ヴィクトリアは逃走用の車の運転手です。さっそく銀行に向かいます。

銀行強盗のシーンも、カメラは銀行強盗の様子を追うのではなく、車内で息を潜めて待機するヴィクトリアを捉え続けます。しかしなんと車がプスンとエンストを起こして止まってしまいます。
元々カギ無しで直結で盗んだ車なので、ヴィクトリアはエンジンのかけ方がわかりません。

観客には銀行強盗とは別のタイムサスペンスを提示し、焦るヴィクトリアを描写するのは実に上手い見せ方だな、と思いました。

銀行強盗から男たちが戻り、車も何とか再起動することが出来、あわてて銀行を立ち去りますが、ヴィクトリアは興奮して事前に予定していた逃走経路を間違えてしまいます。車内は大パニック。慌てて車をターンさせて当初予定していた逃走経路に戻ります。

一難去ってまた一難といった演出で観客の緊張を継続させますが、後にimdbに書かれているトリビアによると、このシーン、ヴィクトリア役のライア・コスタが本当に道を間違えてしまい、車内は「これまでの撮影がNGになる!」とパニックになったそうです。
だから車内の銀行強盗後の興奮状態からくるリアルなパニックシーンは、本当のパニック状態だったんですね(笑)
監督はこの時、車の後ろのトランクに隠れて指示を出していたのですが、監督もパニックになり大声で叫んでしまいました。この時の監督の声は後の音声処理で消されています。

ちなみに、車は普通車ですが、そこに大人が4人乗ります。その際カメラも後部座席中央に入り、そこから車内の人物全員や外の情景を撮影しているのですが、カメラマンのシュトゥールラ・ブラント・グレーヴレンは細身ではあるものの小柄ではありません。普通車に5人。しかも男性陣はみな大柄です。どういう姿勢(テクニック)で狭い車内に乗り込み撮影していたのか、とても気になりました。

最初、車に乗り込むときに小柄な別のカメラマンにカメラを上手く渡しているのかな?とか考えながら観ていたのですが、スタッフリストを見てもカメラマンは1人のようですし…

その後も映画は意外な展開を繰り広げ、最初の頃とは全く違う雰囲気となり、最後は夜が明けて朝になり、映画は終わります。

しかし正直言って1カットにこだわらないほうが良かったのでは?と思えるシチュエーションもいくつかありました。

先ほど書いたヴィクトリアの過去がわかる特技を披露するシーンも、カットが割れれば、ヴィクトリアを演じたライア・コスタを映し続けるべきシーンです。

でもオール1カットゆえに失敗できないということもあり、カメラは彼女の手先や、手先と人物が同じ画面に入れることから巧みに逃げ続けます。この逃げ方は、事前に相当周到に準備したであろう実に上手い処理ではあるのですが、このシーンの意図を考えるとカメラは逃げないで撮影して欲しかったです。

キャラクターが走るとカメラも一緒に走るので画面が大きくぶれて、大画面だと酔います。オール1カットということで、進行している時間軸が編集出来ないので、走る距離の分だけ画面は無秩序に揺れ続けます。

クラブシーンなども暗い場所で点滅する照明の捉え方がFIXではなく揺れ続ける上に、対象となるキャラに近寄りすぎていて、画面がポケモンフラッシュ+揺れ+不明瞭ということで見続けるにはきついです。全体的に撮影は素晴らしいのですが、でもやはり画面を2時間以上見続けるのがとても疲れる映画であったことも事実です。

人物造形やお話の展開が実によく練られていましたし、ベルリンを舞台にしながらも母国語であるドイツ語がメインではないという設定も実に面白い。ヴィクトリア役のライア・コスタ、ゾンネ役のフレデリク・ラウ共に、実在感がある芝居が素晴らしかったです。ライア・コスタの前半の愛想笑いのナチュラルさ、中盤の人物像が分かってからの親近感、後半の熱演は注目に値します。

そういう意味では1カット映画ではなくても十分成立する力を持った映画です。しかし1カット映画でなければ話題にならなかったであろうことも確かですし、CGIなどで加工しない本当の1カット映像が、リアルな街とリアルな人物像を描くのに適した手法だったことも理解できます。

けれども、時間軸を制御せず、映ったものを加工しないまま見せられる映像は、いくらカメラワークなどが計算されていたとしても、見る側にとってそれなりに覚悟がいるというのも事実です。
なんとも難しいところですが、技法に溺れずちゃんとドラマを作っていたのが国内外で高評価の理由だと思います。