Home Review ファッションだけじゃなく仕事の心得も教えてくれる『プラダを着た悪魔』

ファッションだけじゃなく仕事の心得も教えてくれる『プラダを着た悪魔』

ファッションだけじゃなく仕事の心得も教えてくれる『プラダを着た悪魔』
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原作を読み、映画化のニュースを見て、映画のスタッフに『セックス・アンド・ザ・シティ』関係者1が参加すると聞いて「これは期待のキューティー映画!」とロック・オン。
さらに出てくる数々の情報「おぉ、主役にアン・ハサウェイ!OK!!」「え?原作では細身で小柄、明らかに「ヴォーグ」誌の編集長アナ・ウィンターをモデルにしてる鬼編集長にメリル・ストリープ?う??ん」と期待半分不安半分で待ちに待っていた映画です。


アメリカでは初登場で興行成績2位でしたが、1位の『スーパーマン・リターンズ』の公開館数の半分で2位だったわけですから、これは大ヒットと言っていいと思います。アメリカでの評価も上々。全米批評家協会賞、ゴールデン・グローブ賞など軒並みノミネート&受賞、さらに2006年アカデミー賞に主演女優賞でメリル・ストリープが、衣装デザイン賞でパトリシア・フィールドがノミネートされました。

この映画、単に『女性向け』に留まらず、男女にかかわらず仕事をしている人みんなの心に響く素晴らしい映画です。ただのファッショナブルな映画ではありません。

原作は構成が間延びしていたり、登場人物の設定もあやふやだったり、やはり新人作家2だと感じるところが多々あったのですが、映画ではその弱点をうまく補強していて、さらにちゃんと登場人物たちに個々の弱さや悩みをちょっと追加することで、それぞれのキャラクターに深みを与えています。

物語は原作より明確にアン・ハサウェイ演じる主人公の「社会人としての」成長物語になってますし、メリル・ストリープ演じる鬼編集長のキャラも、ちゃんと仕事人としての手腕の凄さと同時に、女性としての人間的な悩みが描けていて、ただの主人公に嫌がらせをするだけの敵キャラ設定になっていません。

「圧倒的な存在である上司に振り回される新人部下」という物語の性格上、2人が心を通わすシーンはほとんどありませんが、これがエンディングに向けてとても効果的になっていて、結果として映画オリジナルのラストで主人公と編集長は、ある種の同志となって終わります。

アン・ハサウェイ演じるヒロインのアンディが最初に仕事にくさって愚痴るのを、スタンリー・トゥッチ演じるチーフ・ディレクターのナイジェルがビシッと厳しく正すシーンがあります。ここの台詞がとてもいいです。

「こんなに一生懸命、上手くやっているのに、編集長のミランダは認めてくれない」と愚痴るアンディに、ナイジェルは「あなたが仕事をうまくやれば、上司が笑顔で手を差し出してくれるとでも思ってるの?何を期待してるの?仕事は出来て当たり前。嫌ならすぐやめなさい。」 と言い放ち、アンディの愚痴を共有しません。

自分もそうでしたが、社会に出たての頃って、とかく自分の失敗や辛さを責任転嫁して自分に甘かったりします。そのくせ他人への批判だけは一丁前。
仕事で怒られたときに、ちゃんと反省し自分を変えようとする人は、そのがんばる姿が輝いて見えますし、実際に人間的に成長します。

この映画、画面を美しいもので覆いながらも実は「仕事をするということは、自分に責任を持つこと。自分に責任を持つということは、自分に厳しくあること。自分に厳しくしてはじめて『自分らしさ』を見つけることが出来る」という、実に正しくまっとうなことを語っています。
『自分らしさ=誇り』を安直にうたってないのがいいです。

アンディは欠点を指摘されて、ちゃんと自分を変えようとします。そこがとても好感が持てました。

その後のアンディが心機一転、どんどんオシャレになっていくところの見せ方がうまいです。時間経過説明も含めて、とてもオシャレで素晴らしい見せ方でした。
会社に向かうアンディをカメラが追うのですが、アンが壁の向こうを通ったら別の衣装になり(サザエさんのエンディングみたいなもんですな)、さらに車が手前を通った後には別の衣装になり、と、会社に着くまでどんどん衣装が変化していきます。
アンディの衣装変化と通勤する毎日を、編集テクニックを使って同時に見せる演出ですが、素晴らしいアイディアだと思います。

映画全体の色彩がキューティー映画にしてはヨーロッパっぽい落ち着いた雰囲気だなぁと思ってたのですが、撮影がドイツの名匠カメラマン、ミヒャエル・バルハウス3の息子、フロリアン・バルハウス4なんですね。お父さんはカメラアングルをグルリと回して優雅に動きのある画面を作ることで有名です。息子さんはお父さんほど動きはありませんが、とても丁寧に、かつ上品な色彩設計をして撮影していると思いました。

鬼編集長ミランダを演じるメリル・ストリープがね、もう上手すぎです。少ない台詞で微妙な表情の変化で、威圧感を表現する演技はさすがとしか言いようがありません。

ミランダは必ず命令の後に「That’s All」という言葉を付ける設定が原作からあって5、それをどういう風にメリルが台詞で表現するのかなと思ってたのですが、実にさりげなくて冷たくて高飛車で当たり前な感じがして、「That’s All」に、ヨーロッパの貴族が給仕を呼ぶ時に使うチリリンと小さく鳴る呼び鈴のような響きがあってとても良かったです。

映画の撮影当初、鬼編集長ミランダのモデルでは?と噂になったヴォーグ編集長のアナ・ウィンターを恐れて、有名ブランドが協力を断ったと伝えられたりしてましたが、どこがどこが。 有名ブランド出まくりでした。さらにヴァレンティノ本人は出てくるわ、スーパーモデル達は出てくるわ、とファッション業界のカメオ出演が結構あります。

スーパーモデルたちがモデル役だけでなく、劇中アンディとミランダが働くファッション誌の編集部員として出ていたりするのも洒落てます。ハイディ・クラムやブリジット・ホールは自分自身として、ディカプリオの彼女として有名になったジゼル・ブンチェン、ヴィダルサスーンのCMに出てるアリッサ・サザーランドらは編集部員役。メリル初登場シーンで、メリルがエレベータに乗ったがために、そそくさと降りてしまう女性社員役もアイネス・リベロというモデルさんです。

音楽に関しても、ロックからハウスまで多彩に使われていて、効果的な使われ方をされていました。
けど、映画が始まって最初にかかる曲が素晴らしくよく、この曲は凄く話題になって一時itunesのダウンロードも1位になっていたのですがサントラに入っていません。KT Tunstallの「Suddenly I See」です。

あと、続けてかかるマドンナの「Jump」もサントラには収録されていません。
このように、この映画のサントラは版権の問題からか収録されていない劇中曲が多いです。

最初に「完璧」と書きましたが、2シーンほど、ちょっと「?」と思うところがありました。後半、フランスに舞台が移動して物語が大きく動くところなんですが、シナリオがとにかく粗い。そのせいでヒロイン・アンディのキャラが観客が応援したくなるキャラクターから、嫌悪感を感じる自分勝手なキャラクターに変わってしまってます。ちょっとがっかりです。

1つは「アンディがミランダのお供のために突如パリに行かなければならなくなり、それが原因で彼氏に怒られ、別れを告げられるが、その次のカットではミランダと共に夜のパリに笑顔でいる」というシーンがあります。
ここで別れのシーンであれだけ苦悩していたアンディが、パリに来た途端、その前のことをすっかり忘れているかのように笑顔ではしゃいでいるんです。これは編集の問題です。

別れのシーンとパリのシーンの間に1クッション、アンディが悲しみから決意する画を入れないと「彼氏に振られたのに、パリに来たらすっかりはしゃいじゃって、もうすっかりお忘れですか?」という風に見えてしまいます。

もう1シーンは物語後半に出てきます。フランスでサイモン・ベイカー演じるアンディ憧れのコラムニストとのラブシーンとその後。
ここ、個人的にはドン引きでした。当時満員の映画館でも反応が悪かったところです。

コラムニストと『その場のノリで』ベッドインして、朝になってあわててベッドから転げ落ちるアンディという、ちょっと笑いを取るシチュエーションがあるのですが、それまで笑いを誘うシチュエーションに気持ちよく反応して笑ってた劇場の観客が、ここでは誰も笑ってませんでした。

このシーン、アンディがうまくベッドインは回避しないといけないと思います。
じゃないと、それまでの主人公のがんばりや信頼が全てパー。その前に女友達からコラムニストとの仲を疑われて弁解していたのに…。異国だからと気軽に男と寝てしまうと、ただ単に「女」を売りにしているだけになってしまうんですよ…
さらに何事もなかったかのように、ラストで彼氏との仲直りを言い出すアンディがとても自分に都合のいい嫌な女になってしまいました。
フランスに移動してからの原作とは異なるストーリー展開は、ミランダの危機・人柄の描写なども含め全て失敗しています。

この映画、後半の大事なところで失敗しているのですが、この失敗もラストのラストがほんと気持ちいい終わり方をするので、全部チャラです(笑)最後は本当に気分よく観終われます。

スタッフロールが出る直前くらいしか写りませんが、ラスト、アンディの足元にご注目。アンディの足元がこの映画でのアンディの成長を表している6と思います。

オシャレで笑いもあって、テンポもよくて元気になる、しかもちゃんとこれから社会人になる人へ、もう社会人となっている人たちへのメッセージもきっちり織り込まれた、素晴らしいキューティー映画です。

  1. 衣装担当はSATCで一躍勇名になったパトリシア・フィールドです。 []
  2. 原作者ローレン・ワイズバーガーは元ヴォーグ編集長アナ・ウィンターのアシスタント。原作者の実体験が元になっているのでは?と騒がれました。 []
  3. 『ドラキュラ』など、光を使って見事に画面を演出するカメラマンです。キューティー映画だと『アップタウン・ガールズ』の撮影です。 []
  4. 『フライト・プラン』撮影、この作品までは主にお父さんのアシスタント(カメラ助手)をしています。 []
  5. 原作では「以上、おしまい」と訳していました。 []
  6. ラストの衣装はランナウェイ編集部以前のやぼったい服ですが、履いているブーツがピンヒール風です。 []