Home Review 日常の小さなドラマ群で大きな感動を呼ぶ『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』

日常の小さなドラマ群で大きな感動を呼ぶ『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』

日常の小さなドラマ群で大きな感動を呼ぶ『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』
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日常の重要性、ささやかな幸せの大切さを描く意味

人気YA小説「ミアの選択」が原作です。
乱暴に平たく書くと「事故をきっかけにヒロインが自分の人生を見つめ直す」というのがこの映画のテーマです。

これがありがちな展開だと「”世の中や親に不平不満だらけ”だったヒロインが、事故をきっかけに幽体離脱。自分の知らないところで周りの人たちが自分をどれだけ愛してくれていたかを知り…」となります。

しかしこの物語は”世の中や親に不平不満だらけ”のヒロインは登場しません。
ごく当たり前の日常を幸せに過ごしてきたミアのお話です。
ミアの周りにも、この世界を嫌い自分を嫌うような人は全く出てきません。
映画に登場するのは、今が大事で、友人や家族が大切で、未来に不安があるけど、それ以上に将来に希望がある…そんな日常のささやかな幸せを過ごす人たちばかりです。

この映画の構成は比較的早い段階から、過去と今を交互に描いていきます。
ミアは家族と車で移動中に事故にあい、気付くと彼女は幽体離脱していてしまい、両親と弟は病院で昏睡状態。その後、彼女は辛い別れを経験していきます。
身体は昏睡状態の彼女は、生か死かを選ぶ機会を無理矢理に与えられてしまいます。そして彼女はそれまでの日々を思い返していきます。

映画の大半を占めるミアの日常のドラマは実に爽やかで気持よく、見ているこちらは、ただただ彼女の日常や未来、家族との関係、恋人との行末などをずっと見守っていたくなります。

それがこの映画の狙いでもあります。
ささやかな日常と家族の大切さを丁寧に描写していくことで、ミアが生か死かを選択する難しさを我々にも提示します。

音楽映画とも言えるくらい、素晴らしい音楽シーンの数々

クロエが演じるミアはチェロを弾くことに熱心で、チェロに全てをかけているという設定です。彼氏はロックバンドを組み、プロとして成功を目指しているという設定です。要所要所に演奏シーンがあるのですが、そのどれもが楽曲と共に非常に素晴らしいです。

ミアの両親が共にロックをやっていたという設定から、会話にもバンドの名前や有名曲のタイトルが例えとして出てきます。字幕で訳される以外のところでも、そういったネタはあるので、台詞を注意して聞いてみてください。

クロエがチェロを弾く姿が実に様になっていました。
その弾く姿は、この映画ではミアがジュリアード音楽院の実施試験を受けるシーンでとても重要な意味を持ちます。
最初ミアはガチガチの緊張状態。そしてそこから一転、これまでにない情熱的な演奏をする、というシーンなのですが、その姿はその奏でる情熱的な激しい音と共に鳥肌が立つほどカッコイイのです。

実はこのシーン、首から下は実際のチェロ奏者が演奏していて、クロエの首はCGで合成されています。
しかし、このシーンのカッコよさを作り出しているのは、CGによる技術的なものだけではありません。

この演奏シーンの前に、ミアが試験で緊張しないようにと、彼氏が演奏会場の天井に描かれている絵と同じものをミアの部屋の天井にコッソリ張っておくというシーンがあります。寝るときに天井を見て絵に慣れれば緊張しないですむでしょ?ということなんですが、それが試験での演奏シーンに凄く効いてくるんです。

そりゃ真面目に考えたら「何で試験会場の天井をすでに知ってたんだ」とか色々ありますが、そんな細かいことはどーーーでもよろしい!

「日常の中でそんなことがあればいいな」という夢のあるシチュエーションを、どれだけリアルにさり気なく高度な演出力で見せてくれるかがこの映画の鍵なのです。
そして、会場の天井の絵というアイテムを巡る演出は成功しています。とても感動的でした。

こういうシチュエーションの作りが他のシーンでも一々上手くて、どれもこれも一々感動して困ります(笑)

編集の難しさ

一方で最後のあたり、クライマックスに向かっていくにあたって、その感動が弱くなってしまったのは残念でした。
物語のクライマックスの前に、実質上のクライマックスといってもいいシーンがあるのですが、これが上手く物語にはまってなくて、ちゃんと機能していません。そこがすごく惜しかった!

そのシーン自体は本当に素晴らしいんです。
まだ本国でも予告編しか情報がなかったとき(当然サントラ発売前)、米iTunesでこの映画のサントラで試聴できる曲が2曲だけありました。そのうちの1曲がシンプルな楽器構成から「あぁ、この曲が流れるシーン、予告編のあそこに違いない!あのシーンでこの曲…これは絶対感動するわ!!!ジーン…」と勝手に妄想を膨らませて、うっすら涙を浮かたりしながら聞いていたのですが(笑)、その想像をはるかに上回る、素晴らしく感動的なシーンでした。

そしてこの素晴らしいシーンを効果的に使い、映画自体をより感動的なクライマックスに持って行くことは、編集で構成をちょっと直せば出来たと思います。
そこを原作の物語構成を律儀に優先したがために、エンディングをより感動的にすることが出来る、「号泣大感動に向かうロケット台」とでも言うべき秀悦なエピソードが、クライマックスに向けて描かないといけない(消化しないといけない)単なるエピソードの1つのようになってしまいました。ここは映画として思い切って原作の構成を改変すべきだったと思います。

監督のR・J・カトラーはドキュメント畑の監督です。ヴォーグ誌の名物特大号が出来るまでを描きつつ、名物編集長のアナ・ウィンターを追いかけたドキュメント映画『ファッションが教えてくれること』では日常性にあるドラマを掘り起こし、見事な構成でドラマチックなドキュメント映画を作っていました。

それもあり先にも書いたとおり、日常の何気ないドラマは、ほんとどれも見事な演出です。R・J・カトラーの起用が見事に功を奏しています。しかしドラマは初監督ということもあり、ラストに向けて思い切った編集によるドラマチックな映画構成が出来ず、おとなしい感じになってしまいました。

ただ、それでも映画は十分感動しますし、文句なく素晴らしい終わり方をする作品なのですが、この映画は100点満点を200点満点以上に持っていけた要素が十分あっただけに、ちょっともったいない気がしました。