Home Review ニューヨークの街角で、ミュージシャンたちの再起を描く『はじまりのうた』

ニューヨークの街角で、ミュージシャンたちの再起を描く『はじまりのうた』

ニューヨークの街角で、ミュージシャンたちの再起を描く『はじまりのうた』
0

[cptr]

『Once ダブリンの街角』待望の新作

『Once ダブリンの街角』の監督が、今度はニューヨークを舞台に描く、とびきり爽やかで背中を押してくれるような作品です。主演は『ラブ・アクチュアリー』『恋と愛の測り方』のキーラ・ナイトレイと『13 ラブ 30』『恋人はゴースト』マーク・ラファロ。ニューヨークの街角で傷ついた二人の男女と、彼らを取り巻く人々のお話です。


監督のジョン・カーニーはもともとアイルランド出身のミュージシャン。
彼の代表作『Once ダブリンの街角』は、同じバンドに在籍するボーカルのグレン・ハンサードを主演に起用し、低予算ながら心温まるストーリーとして全世界から絶賛されました。

主題歌「Falling Slowly」はアカデミー賞のオリジナル歌曲賞を受賞、2012年にはブロードウェイでミュージカル化されこちらも大ヒット。同年のトニー賞では作品賞や主演男優賞、主演女優賞など主要部門にノミネートされ、8部門で受賞という快挙を成し遂げています。

『Once』と多くの共通点を持つ『はじまりのうた』

『はじまりのうた』には『Once』との共通点が多く存在します。
都会で傷つきどこか満たされない想いを抱えるミュージシャンを主人公に、彼らのデビューの足掛かりとなるデモ音源を作るというプロットは今回もほぼ同じです。

監督自身、インタビューで「この作品は『Once』と同じDNAを持つ作品だよ。ただ、前回よりも規模の大きなストーリーで、バラエティ豊かなキャラクターがいるんだ」と答えているように、本作は”冬のダブリン”から”夏のニューヨーク”に舞台を移し、前回描ききれなかったコメディの要素やドラマパートを膨らませた『Once』の延長線上に位置する作品ともいえます。

さらに本作は、プロデューサーとしてアメリカのコメディ界の帝王と呼ばれる男、ジャド・アパトーが参加。2010年よりタッグを組んだ彼らはダブリン・ロサンゼルス間で密に連絡を取り合い、相談を重ねていたとのことで、そう考えると『はじまりのうた』が前作よりどこか明るい印象なのは当然のことなのかもしれませんね。

ただ、この作品は単なるアップデートでは終わりません。

音楽の力を信じた演出

今回の『はじまりのうた』で特筆すべき点は前回よりさらに“音楽のもつ力”を分かりやすく映し出した、ということです。

それが存分に発揮されるのが冒頭のグレタの弾き語りシーン。

映画はまず、小さなバーで浮かない顔をしながらギターの弾き語りをする、グレタ(キーラ・ナイトレイ)のライブシーンで始まります。

カメラは周囲の喧騒を映し、どうやら彼女の歌がウケていないことを伝えたあと、一人の男性(マーク・ラファロ)のもとへ移動、彼がグレタに熱い視線を送っているところを捉えます。
そして“earlier that day…(その時間まで)”のテロップとともに映像はその日の朝へ。

廃れきった生活を送るダンが仕事をクビになり、家族ともぎくしゃくしている様子が映し出され、カメラは再び、グレタのライブシーンへ戻ります。

2回目の演奏では、先ほどのギターの弾き語りに加え、ダンの脳内で再生されるアレンジが加わります。まずはシンバル、次にピアノ、ドラム、チェロ、バイオリンといった具合に次々に音が重なっていき、最終的に何層ものハーモニーが重なる、魅力的な曲が出来上がります。
ここまで観てやっと、なぜ彼がこの曲をこんなにも気に入ったのか観客は理解できる、という仕組みです。

説明的な台詞もなく、音楽の力のみでこのシーンに説得力を持たせた監督の演出には思わず鳥肌が立ちました。ミュージシャンである彼ならではの魅せ方だったと思いますし、同じ楽曲がアレンジ次第でこうも変わるものなのか、と音楽の可能性を痛感させられるシーンでもあったと思います。

中盤にも注目のシーンがあります。
グレタとダンが距離を縮める大事なシーンですが、このとき二人は物語のキーポイントとなるイヤホンスプリッターを使って、お互いのプレイリストを披露しあいます。

恥ずかしがりながらも自分のお気に入りの曲を披露し、夜のニューヨークの街へ繰り出す彼ら。ブロードウェイでフランク・シナトラの「Luck Be a Lady」を聴き、スティービー・ワンダーの「For Once in My Life」がかかるなり「どうしよう踊らなきゃ!」と言ってクラブへ侵入するデートシーンは、私たちも彼らとともにニューヨークを歩いているような錯覚にとらわれます。思わず浮き足立ってしまう、わくわくするようなデートシーンです。

このシーンの終盤、道行く人を眺めながらダンはこんなことを言います。
「これが音楽の魔法だ。陳腐でつまらない景色が美しく輝く真珠になる」
これはそのまま監督の言葉なのでしょう。私たちも音楽を聴いているとき、ふとした瞬間にいつもの景色がまるで一枚の写真のような、とても美しいものを見ているような気持ちになることがありますよね。そういった日常に潜む、ささやかだけど幸せな瞬間に気づかせてくれる、素朴な温もりを感じられる点がこの映画の魅力だと思います。

魅力的なキャラクターたち

また、「バラエティ豊かなキャラクターが魅力」と監督も言っていたように、今回は脇役たちのサブストーリーも前作以上に、しっかりと設定されています。

ダンの娘・バイオレット役のヘイリー・スタインフェルド、グレタの男友達のジェームズ・コーデン、グレタの元彼のアダム・レヴィーン、それぞれが年頃のティーンエイジャー、グレタのよき理解者で陽気なルームメイト、音楽業界での成功を手にし、音楽への純粋な気持ちを忘れてしまった元彼といった人間臭いキャラクターを演じていますが、そのなかでもヘイリー演じる娘のバイオレットのサブストーリーは特に重要です。

映画の序盤、ダンと別居中の妻ミリアム(キャサリン・キーナー)は娘のバイオレットと、どうコミュニケーションをとったらいいか分からず、持て余しています。

彼らはバイオレットのことをまだ子供だと思い、必要以上に過小評価していて、グレタがギターを弾いている彼女をレコーディングに誘っても「あの子には無理」と当然のように言ってしまうのですが、バイオレットはそんな声にも負けずグレタとの楽曲制作を通して自身のコンプレックスと向き合います。
“子供の心親知らず”とでも言うのでしょうか、自らの力で問題を乗り越えた子供を見て、ダンとミリアムは「子供を信じてあげること」を学びます。

またグレタの元彼デイブも、ポップスターとしての成功とは裏腹に、彼なりに葛藤があることが終盤明らかになり、主演の2人以外の登場人物にも、監督の心配りが行き届いていることが見て取れます。観賞後にどこか温かい気持ちになるのは、こういった監督の人柄に触れられるからだと思います。

ニューヨークという舞台の魅力

そして最後に、前作にはない最大の魅力、それはニューヨークという街。
カーニー監督自身、「ある意味、この映画はニューヨークへのラブレター」とインタビューで述べているとおり、本編のなかでグレタとダンたちのバンドはニューヨークを代表するさまざまな場所で演奏をします。

監督は撮影にあたって事前に数ヶ月間ここで生活し、自転車で街を散策していたそうで、おそらくそのときに得た印象が大きくこのシーンに反映されているのでしょう。
地下鉄、エンパイア・ステートビル、セントラルパーク、チャイナタウン…地域によって表情を変える街並みや住人達の姿は、とてもリアルです。そして道を行き交う車の喧騒、子供たちの声、救急車のサイレンなど、そこに息づく人々の生活を感じさせる音と、監督たちが作曲した音楽、そしてキーラの柔らかい歌声のコンビネーションは意外なほどよくマッチします。

つい先日、本作のメインテーマでもある「Lost Stars」がアカデミー賞の主題歌賞にノミネートされましたが、それも納得の結果です。

余談ですが、グレタのオリジナル曲たちは柔らかい曲調に反して、歌詞が異様にハードなので過去にこっぴどくフラれたり、辛い片思いを経験したことがある方は要注意です(笑)。
酔っぱらった勢いで作曲し、元彼の留守電に残す「Like a Fool」は「あなたは私との約束をことごとく破ったけど、私はそれでもあなたがバカみたいに好きよ」という、なんとも胸を締め付けられる歌でした…(曲調がかわいらしくて余計切ない)

グレタ役はキーラに決まる前、イギリスの人気歌手アデルが候補に挙がっていたそうですが、それも頷けます。結局アデルの存在感が強くなりすぎるという理由で却下になったそうですが。

いろいろと挙げましたが、主演二人のコンビネーションも素晴らしく、ストーリー・ロケーション・楽曲・そしてグレタの気取らないカジュアルファッションなど、見どころ盛りだくさんの作品です。決して派手な映画ではありませんが、心にじんわりと染み入る優しい作品なのでぜひ劇場でご覧ください!

おまけ:カーニー監督の最新作『Sing Street

次のカーニー監督の最新作『Sing Street』は80年代を舞台にした監督の半自伝的作品とのこと。
崩壊した家庭環境に苦しむ少年が作曲やバンド活動に没頭し、ガールフレンドとともにロンドンへ旅立つという、またもや音楽にまつわる話です。
Begin_Again_review_01
この作品にはカーニー監督と同郷であるU2のボノとエッジが楽曲提供で協力するというニュースが話題となり、すでに『はじまりのうた』と同じワインスタインカンパニーによる北米での配給が決定しています。2015年末に公開を予定しており、カーニー監督の今後の活躍にも期待が高まります。こちらも首を長くして日本公開を待ちましょう。

はじまりのうた-オリジナル・サウンドトラック ミュージック

価格¥3,001

順位36,009位

アーティストサントラ, セシル・オーケストラ, ヘイリー・スタインフェルド

発行ユニバーサル

発売日15.01.20

Amazonを開く

Supported by amazon Product Advertising API

Begin Again - Soundtrack ミュージック

価格¥1,639

順位20,905位

アーティストOST

発行Interscope Records

発売日14.07.07

Amazonを開く

Supported by amazon Product Advertising API