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第30回東京国際映画祭:私のヒーローたち

第30回東京国際映画祭:私のヒーローたち
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マレーシアの地方の公立学校で英語を教えている教育に燃える若き女教師シェリルは、貧困や家庭問題を抱える生徒たちと一緒に、無謀ともいえる英語斉唱コンクールへの出場をめざす。

Adiwiraku

スタッフ

監督/プロデューサー:エリック・オン
原案:シェリル・アン・フェルナンド
撮影監督:フスニ・アブ・ハッサン
脚本:イェンタナメラ
主題歌:シャムスル・カイレル・アブドゥル・カリム

キャスト

サンギータ・クリシュナサミー、ザビエル・フォン、アハマッド・アドニン・ジダン・ムスリム、ヌル・イルディナ・タスニム・イスハック、ワン・アドリン・マアシャ、ファラ・ノルアズリナ・サフワン

実話を基にしたマレーシア版「二十四の瞳」

マレーシアの地方の公立学校に赴任し、英語を教えていたインド系マレーシア人、31歳のシェリル・アン・フェルナンドさんのネット記事が基になっています。
彼女は「The Malaysian Insider」というニュースサイトでコラムを担当しており、そこで時折自分が赴任していた学校でのエピソードを書いていました。それを読んだ映画プロデューサーから映画化の申し出があり、制作されたのが本作です。
2017年3月にマレーシアで公開され、9月に行われた第29回マレーシア映画祭で最優作品賞、主演女優賞、脚本賞を受賞しています。

ストーリーとしては教育に情熱を燃やす、若き女性教師シェリル先生(サンギータ・クリシュナサミー)の赴任最後の年に、公立学校の英語教育レベルでは出場が難しい「英語斉唱コンクール」への出場を目指す過程がドラマの軸として展開します。同時に、貧困のため学校に来れない子、母親が精神的な病で虐待を受ける子、体の弱い子、いじめっ子など、コンクールを目指す様々な境遇の生徒たちとの交流が描かれていきます。

劇中の生徒役の大半は、ロケをした公立学校に実際通っている生徒たちがオーディションで選ばれています。そういったこともあり演技に関してはちょっと目をつぶらないといけない場面も多いです。

ただ映画が、時にコミカルに、時にシリアスに、そして観客を感動させるサクセス・ストーリーをド直球で展開するので、多少の演技の稚拙さを忘れて、実に気持ちよく観ることが出来ます。

先生役の2人、ヒロインを演じたサンギータ・クリシュナサミー、後任予定の男性教師役ザビエル・フォンの2人が爽やかで気持ちのいいキャラクターを作り上げています。
特に男性教師役ザビエル・フォンはコミカルな芝居が実に素晴らしく、彼の演じるキャラクターの優しさ、さりげないヒロインのサポートは、この映画に親しみを感じさせる重要な要素となっていました。

ヒロインのサンギータ・クリシュナサミーは、美しさと強さを兼ね備えつつ、時に悩み迷い、時にコミカルな表情も見せる、実に人間臭いキャラクターを見事に演じており、キューティー映画のヒロインとしては満点でした。恋愛要素が皆無だったのはマレーシアというお国柄でしょうか。

コーラル・スピーキングとアメリカ文化

「英語斉唱コンクール」と東京国際映画祭の公式サイトでは書かれているので、当サイトでもそれに従っていますが、実際は、大勢が声を揃えて朗唱形式で物語を展開する「コーラル・スピーキング(Choral Speaking)」と呼ばれるものです。こちらが実際のコンクールの様子です。

映画ではこのスピーチの原稿をシェリル先生が考えたものとなっています。子どもたちの関心を得るため、アメコミのスーパーヒーロー、「ハルク」「スパイダーマン」「バットマン」「スーパーマン」などを題材にしています。それがシェリル先生が称する生徒たち、そして英語タイトルである『My Superheroes』に繋がります。

実際のシェリル先生は英語の授業で、生徒たちに人気のあるテイラー・スウィフトやブルーノ・マーズなど洋楽の歌を使っていたようです。映画の中でも台詞でこの辺りがちょっと話されていました。

コンクール出場には35人のメンバーが必要となります。しかしこの学校で英語を流暢に話せるレベルはそこまでいません。そこで先生や、英語ができる生徒たちによる懸命なメンバー集めという展開になります。本来、これも映画の展開上では重要な要素となるはずですが、各生徒のエピソードがあるため、映画はあまりこの流れを追いません。気付いたら35人揃っていました。その割には、ラストでメンバーに欠員が出てピンチ!という展開があったりするのですが。

生徒の一人に、心臓が弱く電池が埋め込まれている男子生徒がいます。彼のあだ名は「アイアンマン」。この子はコンクールの出場メンバーを希望するのですが、心臓に負担がかかるという理由で教師たちから止められてしまいます。しかし生徒の熱意にメンバーとなる、というエピソードが描かれます。てっきりこの子がコンクール前日に心臓の病が再発して出場できなくなる…という展開かと思っていたのですが、いや、別に(笑)
欠員になるのは普通に前日熱が出た生徒でした(笑)

という感じで映画自体は結構ユルユルです。ユルユルなんですが、女教師と生徒たちの交流、そしてコンクール出場という目的はぶれないので、ドラマとしては非常に心地よく見ることが出来ます。
特にコンクールの結果が出るあたりのクライマックスの展開は、何気に予想はついているものの、それでもなかなか上手い演出で、きっちり感動させてくれます。

教育問題、家庭環境…ドラマチックで問題提議のエピソード盛りだくさん

生徒たちそれそれのエピソードには、マレーシアの若者たちに関する様々な問題提議が組み込まれています。地方の教育問題や家庭問題など、さまざまな問題に直面するヒロインたち2人の若い先生は、問題への直接の介入と解決を試みようとします。生徒たちのスーパーヒーローとして先生たちの活躍が描かれるのですが、ドラマティックに落とし込まれたそれらのエピソードは、ちょっと盛りだくさんすぎて、投げっぱなしだったり中途半端だったりと、未整理な部分が多々ありました。

制作者が、どのエピソードもしっかり語りたかったのはとても理解できます。ドラマチックな各生徒のエピソードは、そのまま現在のマレーシアへの問題提議にも繋がっていきます。
しかしあくまでもその語り口はエンタテインメント作品としてのもの。「映画の展開がぶれていない」と先ほど書きましたが、映画のスタイルもエンタテインメントを崩さないという部分では一貫していて好感が持てました。だからこそ、エンタテイメント映画の構成として、もっとエピソードを削ぎ落として、しっかりまとめる事も必要だったと思います。

劇中、転校してきて、コンテストの指揮者となる男の子の設定は、明言はされませんが、キャラクター設定や挙動が明らかにゲイです。マレーシアでは同性愛行為を刑法で禁じています。ディズニー実写版『美女と野獣』にゲイの描写があったことで、マレーシアでの上映が中止になる騒ぎがあったのは記憶に新しいところです。

この映画のラスト、学校を退官するシェリルがこの男子に1冊の本を手渡します。その本はエレン・デジェネレスの本。「エレンの部屋」の人気司会者『ファインディング・ドリー』のドリー役のエレン・デジェネレスは、レズビアンであることを公言しており同性愛者のアイコン的存在です。その本をさり気なく渡すシーンを作ることで、この映画はさり気なく「多様性」までも表現しようとしていました。

あくまでも誰もが楽しめるハートフルな物語を展開しながら、そこに今のマレーシアの若者達の周辺を取り巻く問題や彼らへのメッセージを組み込んだ『私のヒーローたち』は、若干未整理な部分があるものの、誰もが楽しめて感動できるエンタテインメント映画に仕上がっていました。