Home Review 今のインドネシアを映しつつ、女性たちの一夜の出来事を描いた『太陽を失って』

今のインドネシアを映しつつ、女性たちの一夜の出来事を描いた『太陽を失って』

今のインドネシアを映しつつ、女性たちの一夜の出来事を描いた『太陽を失って』
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『マダムX』(福岡アジア映画祭出品)のラッキー監督の2本目。ニューヨークから帰国した32歳の女性ギアは首都ジャカルタの変貌に驚き、旧友と再会して新たな人生を模索する。さまざまな女たちの生きざまを見つめ、同性愛のテーマも盛り込まれた、インドネシア新世代の1本。
32歳のギアは長年の海外生活を終えて帰国したが、生まれ育ったジャカルタは昔の面影がなく、巨大なコンクリート・ジャングルと化している。ギアと再会したナオミは同じく32歳。スーリヤ夫人は49歳。最近亡くなった夫に仕えてきたが、夫に愛人がいたことが分かって失意のどん底に。そして24歳のインドゥリはジムで働きながらネットで“白馬の王子様”との出会いを夢見ている。それぞれに悩みを抱えた女たちをジャカルタの夜が包み込んでいく…。デビュー作『マダムX』(10/福岡アジア映画祭11出品)でジェンダーや同性愛といったテーマを取り上げた新鋭監督ラッキー・クスワンディの第2作。女性映画の趣をもつ本作でもそうしたテーマに踏み込んでいるが、加えて、膨張する大都市ジャカルタの姿そのものがもうひとりの主人公となっている。


監督・脚本・編集:ラッキー・クスワンディ
出演:アディニア・ウィラスティ(ギア)、イナ・パンガベアン(インドゥリ)、ダユ・ウィヤント(スーリヤ夫人)、マリッサ・アニタ、ポール・アグスタ
原題:Selamat Pagi, Malam (In the Absence Of The Sun)、公開年:2014年、製作国:インドネシア

監督のラッキー・クスワンディは前作『マダムX』では、ゲイの美容師が保守勢力に殺された友人の敵を取るためにマダムXに変身して戦うという(笑)痛快アクション映画を撮っていますし、その前は女性の性の問題をテーマに『At Stake』という短編ドキュメントを撮っていたりと、イスラム教徒が多く、同性愛に対して厳しいインドネシアでLGBTをテーマに撮り続けています。

原題の『Selamat pagi,Malam』、インドネシア語では「Selamat」の後に「朝:pagi」を付けると「おはようございます」で、「夜:malam」を付ける「こんばんは」になるそうです。この映画の直訳としては『夜よ、おはよう』となるのでしょうか。

本作は「NY帰りの32歳映画監督志望の女性」「出会い系サイトで出会いを求めている24歳女性」「夫の死後、愛人がいることを知った49歳の女性」という、世代も事情も異なるインドネシアの女性たちのエピソードが、同じジャカルタでの一夜の出来事として描かれます。彼女たちは互いに知り合うことはありませんが、偶然同じ場に何度か居合わせているという仕掛けになっています。

キューティー映画として「女性の夢や友情などテーマ性の高いオサレ系」「コミカルでハートフルなドラマ」「ヨーロッパ映画っぽい変わったタッチ」の3ジャンルが同居している映画です。それが上手く調和していて凄く面白く見れました。

この映画のメイン・ヒロインであるNY帰りの32歳ギアは、NY時代に共に過ごしていて先に帰国していた旧友のナオミと再会します。ナオミはスマフォやSNS投稿に毒されジャカルタのオシャレ人気取りになっていました。そんなナオミをゆっくりギアは本来のNYで一緒に過ごした時の姿に戻していこうとします。

映画の最初の方からそれとなく匂わせていますが、ギアとナオミはNY時代に友人を越えた関係で過ごしていたようです。この辺、劇中では明言せずに、ちょっとしたやり取りや小道具で同性愛を匂わせていく演出はなかなか巧いと思いました。

ギアを演じたアディニア・ウィラスティはモデル出身。実年齢はキャラ設定より年下の27歳です。凛としたかっこいい美人の彼女の雰囲気は、劇中の他のジャカルタの人達より、見た目だけではなく考え方もナチュラルに洗礼されている「NY帰り感」が凄く出ていました。
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ナオミが酔っぱらいながらダンスを踊るシーンがあります。世界中のどの世代が見ても絶対わかる、マイケル・ジャクソンのスリラー・ダンスです。
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ギアのエピソードは映画の芯となるもので、彼女のナオミへの想いを描くと同時に、今のジャカルタやインドネシアを映し出し、その古い習慣や社会を嘆きながらも、トラディショナルなものを愛する姿が描かれます。この辺り、実に現代性のある普遍的なテーマになっていて、日本に住む我々にも強く訴えてくるものがあると思います。

一方、有名レストランに、普段より背伸びしてオシャレしていくインドゥリのエピソードが、適度にコミカルで重く静かになりがちな映画を、明るく楽しいものに変えていました。最初は今風にイケてる女性を無理して演じていたインドゥリが、徐々に自分らしくなっていく姿が描かれます。
彼女のオシャレのアイテムは、仕事場のスポーツジムでお客から盗んだ靴(実はナオミのもの)と、路上で売っていた一流ブランドの紙袋。その2つは彼女の見栄を表す小道具として、その後のドラマでも活きていました。

インドゥリがその有名レストランで待ち合わせをする出会い系の相手、金持ちデブ男を演じているのはポール・アグスタ。彼は元々著名な評論家で映画のイベントをプロデュースしたりしていたインドネシア映画界の有力者でしたが、そこから映画監督に転身した人です。

インドゥリと一夜を共に過ごすことになるレストランのボーイが、英語の歌の歌詞についての疑問を語るシーンがあります。その会話自体は他愛もないものなので劇中に歌のタイトルが出てきませんが、その歌詞はマイケル・ジャクソンの「ブラック・オア・ホワイト」の冒頭の一節です。踊りに続いてここでもマイケル・ジャクソンです。

淡々と夫の死後、愛人の場所に赴き、ある方法で復讐をしようとするスーリヤ夫人のエピソードが、ほとんど台詞がなく静かでゆったりしたテンポのため、ちょっと映画の流れを停滞させてしまっていました。しかしスーリヤ夫人役ダユ・ウィヤントはほとんどセリフ無しで出演シーンをもたせていたのは凄いとは思いましたが。

女性たちのドラマと同時に描かれる、現代のジャカルタの夜や若者事情の風景がこの映画の空気感を作っていました。普遍的なテーマであってもインドネシア映画であることを強く印象づけます。非常に見応えのあるキューティー映画でした。
http://youtu.be/8fqUAVmg2sk